SFジャズWebドラマ
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 みなさん初めまして、私は小室田と言います。
実は偶然にも未来人の乗り捨てたタイムマシンを手に入
れました。タイムマシンの語源はそう、ご存知のように
H.GウエルズのSF小説からです。
 ところが、現在では、有名な博士がタイムマシンの存在
を否定しています。博士は「もし、タイムマシンが発明される
としたらあなたの前に未来からの人が現れていることでしょう。
そんな人どこにもいないでしょう。」と言っています。しかし
このドラマを読んでいけば、きっとタイムマシンの存在に疑い
を持たなくなりますよ。さあ、ジャズが本当に熱かった時代に
行ってみようかな。

第1話 運び屋

と言うことで、タイムマシンで1958年のニューヨークに
降り立った私はすぐさま楽器屋さんを探す。そしてマンハ
ッタンで一軒 見つける、どうやらSAXもおいてあるようだ。
「すいません、セルマーのマーク6のテナーありますか?」
「ああ、あるよ、これだ!」
その楽器を見たとき私は心臓の鼓動が早くなるのを
感じながらもどうにも止められないもどかしい気分と
言い知れない幸福感とが同時に襲ってきたのである。
「シリアル8万だ。全くの新品だ、こんなの初めてだ。!」
「なにもぞもぞ言ってるんだ」
「あ、どうも、すいません何本あるんですか」
「3本ある。好きなのを選べるよ」
「アルトは?」
「え、アルトもかい?あるよ。」
「値段は?」
「テナーが1199ドル、アルトが979ドル」
「この辺に銀行ありますか」
「もちろん、1ブロック行ったところだ」
私は兼ねてより用意していた10000ドル分の金をもって銀行に走った。
もちろん当時の紙幣と交換するためだ。再び楽器店に戻った私は
「それではテナー3本とアルト2本ください。」と言うと
「旦那、いったいどっから来たんだい?」
「にっ、日本です。これからビッグバンドをやるので楽器を揃えるた
めに...」
用意していたセリフだ。
「そうか、旦那ついてるぜ、たった今、もう1本テナーが入った
ところだ、それもフランス直輸入品だ!これもどうだい?」
「え、いやそれはいりません。アメリカ製の方が好きなもんで」
「サンキュー」
さて、とりあえずこの楽器を全部タクシーに積み込み、タイムマシン
の隠してある倉庫へと向かった。倉庫の中でタイムマシンに楽器の
積み込み作業をしていると、突然倉庫のドアが開いた。
「フリーズ!」
ポリスだ、私はすぐに頭の後ろに手を回した。きっとなにか悪い事を
している人と間違われただけだ。さっきの楽器屋さんの領収書を見せ
れば大丈夫だろう。タイムマシンも見ためにはコンテナーにしか見え
ないし。しかし、ニューヨークのポリスだ、厄介な事になると困る。
そのときである。
「日本人ですね。」と日本語で質問が来た。
「はい」と答えると
近づいて来たポリスの一人も顔が見えてきた。日系人のようだ。
「あなたを尾行していました。21世紀からこちらに?」
「えっ、あの、えー....」
とそのとき初めて気がついた。どうやらニューヨークのポリスではない、
そして 、胸のワッペンには「Time Police」と書いてあった。
「私は22世紀から来ました時間警察の神田と申します。今あなたが
時間管理法第123条を犯した疑いがあり、取り調べをするところ
です。」
「え、時間管理法?なんですか?」
するとさっきから私の楽器ケースを開けて調べている男に向かって
「大久保捜査官、どうですか物の方は?」
「間違いありません!8万が3本7万が1本6万が1本です。」
そして神田は私の方に向かってちょっと穏やかな表情をした。
「ご存知なかったようですね。時間管理法は22世紀に制定されて
タイムマシン移動によるビンテージ楽器の時間間移動を禁止して
います。.....」
「......」
「まあ、あなたの場合はまだ軽い方ですよ。18世紀に行って
ストラディバリウスを締め上げてチェロを作らせたりした者とか
悪質な例もあります。まあ罰を受けましたが」
「で、どうなったんでしょうか?」
「確か、脳から彼のチェロに関する記憶一切が消去されたんじゃなかった
かな...」
「私もサ、サックスが吹けなくなるのでしょうか。?」
「安心してください。幸いあなたは初めてでもあり、この楽器
をさっきの店に戻して来てくれれば、厳重注意という事で処理しておき
ます。」
すると、捜査官のトランシーバーが鳴り出した。
「神田捜査官、さきほどマンハッタンでギブソンレスポール20本
買いつけた日本人らしき男を発見....サーっ」
「了解、尾行続行せよ、すぐに行く サーっ」
「今日のところは後で大久保捜査官が確認に行きます、タイムトラベル
の方はご無事に。」
「あ、そうそう、ライブハウスへ行って演奏を聞くのはかまいませんが
決して録音した音源を21世紀に持ちかえらないようにしてください。
これも時間法で禁止されていますので。」
「ぐすん...」

第2話 しぶとい奴

楽器をすべて買った楽器店にタクシーで再び運び、店のおやじに
謝りながら、
「いやー、申し訳ない、あれから調べたら、日本には持ち込め
ないことがわかったんだ」
と言って引き取ってもらった。アメリカと言う国はとにかく
一定期間以内なら無条件で返品できる。
「そうか、残念だったな。はるばる遠くから来たのに...」
「いやー、いいんです。少しの間だけど目の保養をさせてもらったらから」
店を出て、私の行動を後ろから一部始終を一人見張っていた大久保捜査官
が声をかけてきた。
「これで返却を確認しました。気持ちはわかりますよ。私だって目が
くらむくらいです。まあ、あなたの様に純粋に自分の趣味のためにビン
テージ楽器を探しに来ている人はほんとうは罪ではないと思いますよ。
 恐らくテナー3本の内2本はご自分で使う分、後の1本とアルト2本
は御友達に安く譲られるつもりだったんでしょ。」
「そっ、そう、その通りです。でも良くわかりますね。」
「ええ、この仕事を長くやっていますから、目を見ればわかりますよ。
プレーヤは楽器を見たときの輝きが違う。」
という話しをしていると、こんどは大久保のトランシーバーが鳴り出した。
「ああ、神田です。先ほど21世紀から買いつけに来た日本人バイヤー
を取り押さえた。取りあえずギブソンのレスポールスタンダード20本
押収した。サーっ。トラ目メイプルの極上品ばかりだ、21世紀に持っ
ていって1本300万で売ると言っていた。手配中の札付きだ。サーっ」
「了解。送検ですね。サーっ」「しかたないだろうな。サーっ」
「あ、失礼しました。さっきの人はやっぱり悪徳の運び屋でしたね。」
「ところで、タイムマシンを使って金儲けするなら株を買った方がよっ
ぽど効率がいいんじゃないですか?」
「もちろん、だけどその場合、時間管理法第120条で重罪にあたるんです。
資本主義社会の根底を崩しますからね。重い場合、脳の記憶の全面消去もあり
ます。また取り締まりも相当きびしいですが。」
「全面消去。ひぇー。赤ん坊に戻ってしまう。」
そのうち大久保がちょっとニヤリとした顔で私に向かって話し始めた。
「ところで、私の口からこんな事を言うのはなんなんだけれど、一つだけ
あなたの時代にこの時代の楽器を持って行く方法があります。リスクは
ありますが」
「ええっ、なんと、まさかサックスの記憶と引き換えになんていうんじゃ
ないでしょうね。自分はプレーヤーですから元も粉もないです。冗談は
よし子さん」
「え、よし子さん?」
「あ、すいません、20世紀のシャレです。というか20世紀中にすぐ
廃れましたが。(汗)」
「じゃ教えるの止めようかな子さん」
「かな子さん?」
「22世紀に流行ったシャレです。(笑)」
なんとなく大久保捜査官とは打ち解けたムードになって来た。
「それでは本題の方法ですが、時間管理法ではタイムマシン
を使った移動は禁止されていますが、その時代に購入した物
はその時代にいる限り所有権は認められています。」
「ふむふむ。なるほど」
「簡単に言うとそれをこの時代の何処かに隠しておいて、
あなたの時代に戻ってからその場所に行って引き取ればいいわけです。」
「おー、その手があったか、すごい! しかしっ、何処においておけば
いいんだ、取りあえず、日本に戻って親父にあずかってもらうか。ばかな
、自分がだれだか親父に説明出来ない。自分に渡すか、まだ4歳だしなあ。
仮に誰かに渡したとしても、43年間保管してくれるだろうか。」
「まあ、その辺がリスクなんですが、むしろ日本に行って置いておく
より、この広いアメリカ合衆国のどこかに隠しておいた方がいいと
思います。」
「なるほど。っで具体的にどの辺がいいと思いますか?」
「ネバダ州あたりどうですか、ラスベガスの近くの砂漠の中に埋めておく
とか、治安もいいし、ラスベガス近辺以外あの辺が開発されたという話しは
22世紀に至ってもないし。」
大久保の話し振りはほとんど冗談めかしだ。しかし私は真剣だ
「そうか。21世紀は日本から直行便も出ているのでアクセスもいい。だが
問題は目印だ、小型ナビゲーションがあればいいんだけど、タイムマシン
の中に置いてあったかな?...おっと、この時代まだ衛星も飛んで無
かった。ソ連が史上初の人工衛星スプートニクを飛ばしたのが57年だか
ら去年、アメリカに至ってはまだなにも飛ばしていない。そもそもGPS
をサポートするデジタル通信技術なんてないしなあ、ナスカの地上絵でも
書いておくか...いやーまてよ...」
 一人で考えをいろいろめぐらしボソボソ言ってると大久保があきれた顔
をして、
「あのー、ところで、そんなに苦労してでもやっぱり
ビンテージのアメセ
はいいんですか、とあるサックス吹きの人はサックスの音色の70パー
セントはその人自身の奏法で決まると言ってましたよ。」
「もちろん、その説には異論ないですよ。サックスという楽器の音色
は不思議なくらい奏法に依存します。もちろんその理由もわかっている
わけです。でも考えて見てほしい、仮にその70パーセントを得るため
に生活の多くを犠牲にして、血も滲むほどの練習をしてそれでも尚且つ5
パーセントでもいや1パーセントでもいいからさらに目指す音色に近づ
きたいと多くのサックス吹きが願っている。ところが残りの30パーセン
トが楽器で決まってしまうというのだ、冗談じゃない、自分にとって最高
の物を使うしかないですよ。」
大久保は妙に納得した表情を見せながら
「そうか、それで私の先祖は...」
「ん〜、先祖?」
「いや、なんでもありません。そうですか、なんだか、熱意に負けましたよ
。私に場所を特定する良い考えがあります。それを聞いてくれますか?..」
 私は大久保からその考えを聞いた後、また楽器店に向かった、もちろん
さっきの店はなんだか決まり悪いので、別の楽器店に行き、シリアル8万
2千番台 のアメセルマーク6を1本だけ購入した。初めの店よりちょっと
高くて 1299ドルだった。もちろんこれもピカピカの新品だ。

第3話パーカーを救え その1

 タイムマシンの
ビゲーションシステムに組み込まれているボイス
メッセージが鳴り出した。
「後15分ほどで目的の2002年1月14日17時00分北緯35度43分
東経 139度45分に到着いたします。この時代の地名は日本、東京、
文京区...」
 約4時間強の旅だ(このタイムマシンは1年間あたり6分の移動時間
が必要)。飛行機で旅をすれば成田から香港までくらいだ、しかし
途中なんの機内サービスもない、スチワーデスもいない、孤独な旅だ。
 しかも最大の目的であるアメセルを積み込む事も出来なかった、まあ
大久保捜査官の計らいでなんとかネバダ州の砂漠に新品のアメセル1本
を埋めて来たのが責めてもの慰めというより、希望がつながったという
感じだ。到着まで後5分、すると、急に何かのアラームがなった。突然
ディスプレイに男の顔が映った。どうやら大久保捜査官のようだ。
「いや、どうもすいません、急に連絡して。結構タイムトラベルは
疲れるでしょう。もうそろそろ着くころだと思って、まだタイムマシ
ーンの中にいるうちに連絡したんです。」
「ええ、後ちょっとです。58年のアメリカでは御世話になりました。」
「いや、大したことないですよ。ところで実はちょっと頼みがあるんです。」
「頼みですか、私に?」
「ぜひあなたに1939年に行ってほしいんです。捜査協力ですが」
「え、捜査協力? 私に何か出来ることがあるんですか? なんでしょか?
今やっと家に着くところですから、行くとしても少し休養をとってたからにし
たいなあ」
「実はヒストリックハッキングの計画がわかったんです。」
「ヒストリックハッキング?」
そのときナビゲーションからボイスメッセージが鳴り出した。
「ただ今、目的地である2002年1月....到着しました。」
「着いたようですね。ああそれでヒストリックハッキングですが故意にタイ
ムマシンを使って歴史を攻撃することを意味します。我々時間警察の
最大の目的はこれ らのハッキングを未然に防ぐことなんです。勿論、私
の担当はジャズ関連ですので、今回のテロもジャズ史をターゲットとして
ることは大体検討はついています。」
「歴史を変えてしまうということですか?しかし何のためにそんな事、
それで何か利益を得ること事自体予想すら出来ないと思いますが」
「その通りです。ヒストリックハッカーたちは金銭的な利益を追いかけて
いるわけではありません。あなたの時代にも居たと思いますがインターネッ
トのハッカーたちと同じです。歴史を自分の手で変えて喜ぶだけです。つま
り自己実現の対象なんです。」
「そういうふざけた野郎は22世紀になってもいるんだ。困ったもんだね。」
「そうですよ。テクノロジーは進歩しても人はそれほど進歩していません。
むしろ、テクノロジーの進歩によって厄介な犯罪が現れてくるので、またそ
れを取り締まるために新たなテクノロジーを必要とする。それの繰り返しです。」
「しかし、私など行っても大してお役に立たないと思いますが。」
「ところが今回どうしてもお願いしたいのです。犯人を特定してもら
うだけですから、あなたにとっては簡単だと思いますよ」
「特定?」
「ええ、恐らく犯人は21世紀後半のジャズプレーヤで21世紀のジャズ
を1939年というモダンジャズの創世期に持って行って、その後のジャズ
史を根底から書き換えてやろうという狙いだと言うことは大体わかってます
から。」
「っほう。しかし例え、そいつがマイケルブレッカーやジョシアレッド
マンそっくりな演奏が出来たとして、いやウエインショーターやジョン
コルトレーンでもいい。そんなジャズをやっとスイングに飽きてこれか
らビバップに移ろうとしてる時代の人たちの前でやったとしても全然う
けないんじゃないかな。1939年と言えばビバップですらまだまだ
疑問視されていた時代じゃないですか。」
「グッドクエスチョン!。その通り、以前にも居いましたよ、チャーリー
クリスチャンにパットメセニーのコピー演奏でバトルを挑んだハッカーですが、
そしたら、「てめえコードくらいちゃんと弾け」と言われて当時の観客
から袋叩きにあって、22世紀に逃げ帰って来た。もちろんハッキング失敗です
。(笑)22世紀から見たらそんなに時代差がないと思ったんだろうね。
しかし今回の奴はかなり巧妙な手を使って来る可能性がある。そこでその
時代に小室田さんに行ってもらって確認してもらう必要が生じたんです。
実際に20世紀中にジャズを体験し、演奏している人が必要だと考えたん
です。尚且つ、タイムトラベルが出来て、信頼出来る人材ということにな
ると、中々ね..。詳しいことはすでに現地に入っているJJ捜査官に聞
いてもらえば..」と大久保捜査官の熱い語りに引きずりこまれそうにな
ったが、まてまて、何しろネバダ州の砂漠で重労働した後だ。やはりここ
はすぐにというのは勘弁してもらいたい。
「1週間の休養をもらえますか、その後なら大丈夫ですが」
「それが、非常に申し訳ないのですが、事は急がなくてはならないんです。
24時間以内に出発してほしいんです。」
「それは無茶でしょう。せめて3日くらい休ませてもらわないと。...」
「そうですか、それなら残念ですが他を当たって見ます。とにかく時間
がないので、イギリス人でもう一人ジャズ好きのタイムトラベラーがい
ますので。それと今回は私も他の事件でどうしても手が離せなく、同行
出来ないし、あまり無理にと言うわけには行きませんので。しかし私も
行けなくて残念ですよ。JJとも逢えないし。」
「JJ?」
「さっき話した現地入りしている捜査官です。ジェシカショーンズと言いますが
すごい美女なんですよ。しかもゴールデンヘアー」
「ごっ、ゴールデンヘアー。大久保捜査官っ、あのー、そうだな、24時間
休めばなんとかなるかも知れない。それにジャズ史そのものが書き換えら
れたら大変ですからね。微力ながらやっぱり強力しましょう。」
「そうですか、いやーすいません、助かります。」


第4話パーカーを救え その2   第1話から

「行き先の年代の入力をお願いします。」
「1939年....」
といつもタイムトラベルの前にはボイスメッセージに従ってこの作業から
やらなければならない、今回は約6時間強の長旅となる。1日休んだとは
言っても疲れが残っているのでユンケルを2本用意した。
「出発してもよろしいでしょうか。」
「はい」
5分ほど経過するといつもの様にボイスメッセージが知らせてくる。
「これから時空に突入します」
この瞬間軽いショックがある。
「ただ今、時空内を移動中、到着までの所要時間6時間18分です。」
長旅なので、少し休む事にした。それから4時間ほど仮眠しただろうか。
再び アラームが鳴り出した。するとこんどはディスプレイの中に女性の姿だ
「小室田さん、こんにちは、ジェシカです。」
「ああ、どうも小室田です。初めまして」
「タイムトラベルはどうかしら?今少し時間をもっらても
いいですか?」
なるほど、予想以上の美女だ!(にこにこ)
「ええっ、全然暇ですからね。ところで日本語出来るんですか?」
「いいえ、全く出来ないわ。モニターの右下を見てもらえるかしら、
ATって 言う表示が出てない?」
「ああ、出ていますよ。」
「自動翻訳中という意味なのよ」
なるほど、しかしこの自動翻訳システムといい、音声認識システム
といい、22世紀の技術は実に快適である。
「着陸地点のデータはこちらからタイムマシンに送るわ。えーと、コン
テナー型だったわね。これでいいわ。目立たない場所だけど、そこから
タクシーに載ってアップタウンハウスというライブハウスに来てほしいの
。そこで逢いましょう。」
「了解。」
「今日はアートテイタムのトリオ演奏の後ジャムセッションがあるのよ。
そこに例のヒストリックハッカーが現れる可能性が高いの。」
「わかった、それで、この時代にふさわしくないアドリブフレーズを使って
るプレーヤを見つければぼくの仕事は終わりということですね。」
「ええ、その通り。すぐ済んでしまうわ。後は39年代のジャズを
2〜3日聞いて帰ったらどうかしら。ライブハウスは私が案内するから」
そうか考えてみればこの時代のジャズ、特に初期のビバップはほとんど録音
がない。当時はまだレコード会社がビジネスになると思っていなかったから
録音されなかった。興味深深だな。しかもゴールデンヘアーの美女と一緒な
んだから。ガハハハハ。うーん今回のタイムトラベルはなんか楽しくなりそ
う。と考えていたら。
「あら、なんか嬉しそうね。それで一つ問題があるのよ。あなたは日本人で
しょ。思い出してほしいんだけど、1939年は日本が真珠湾を攻撃した2
年前ね。日米関係が最悪なころなのよ。だから日本人ではちょっとまずいと
思うの。それで中国系アメリカ人という事にしてくれない。」
 なるほど日本人が白人のゴールデンヘアーの美女と一緒にいたら袋たたき
にあってもしかたないなあ。しかし考えてみたら日本は鬼畜米英なんて言っ
て軍歌が早っていた時代にアメリカではすでにジャズがいよいよビバップの
時代に突入しようとしていたんだ。
 ジェシカとの打ち合わせが終わって1時間が経過した。目的の時間と場所に
無事到着したようだ。今回も古い倉庫の中だ。倉庫を出てみるとそこに初めて
見る世界が現れた。58年とも違う。特に車だ。あれがT形フォードなんだろ
うか?廃棄ガスの匂いが気になる。この当時の車はガソリンの燃焼が悪いんだ
ろうな。タクシーを見つけて、行き先をジェシカかから教わったとおり説明した
ら、わかったようなそぶりを見せたので少し安心した。運転手は何回も「アップ
タウンハウス」と自分に忘れない様に言い聞かせていた。有名な店ではないよ
うだ。すると運転手が話しかけて来た。
「旦那、ジャズ聞きに行くんですか」
「それなら6番街の51丁目の方がいい店ありますよ。たしか今日はコール
マンホーキンスが出ていると思うけどね。」
「いやいいんだ、友達と待ち合わせしているんでね。」
アップタウンハウスに着き、地下の入り口まで行くとなにやらドアのところ
でものすごく体格のいい男が立っている。するとどうも入るなと言ってるようだ。
この時代、東洋人がここに入るのはやっぱり変だと思われたらしい。
「ジェシカと言う友達と待ち合わせているので」
と言ったらわかったらしく、中に案内してくれた。店は100席くらいあるが、
アメリカだったら狭い方だと思う。金髪の白人女性のところへ行くと。
「ええ、この方は知ってる人よ。」
とジェシカが話した。そしてさっきの男に彼女がチップを渡した。
「あのー、タクシーの代金払ってないんですが」
「ああ、そうだったわね」
さらにその男に5ドル渡して、払っておくよう頼んでいた。ところで、
ジェシカの前にもう一人40〜50才くらいの中年の婦人が座っていた。とても品
が良く、身なりもかなり高級感のある雰囲気だ。知り合いのようでジェシカが紹
介してくれたが、婦人が早口でネイティブのしゃべる英語について行けない。
しかし、この人は時間警察の捜査官ではなさそうだ。
「私はジェームス・ローといいます。」ジェシカとの打ち合わせ通りの中国系ア
メリカ人の名前を名のった。しばらくしてその婦人がちょっと席を立ったとき、
ジェシカが私にカプセル状の薬を一錠渡した。そのカプセルにはトランスレーシ
ョンピルと書いてあった。まさかと思ったがジェシカが安全だというので飲んで
みた。するとどうだろう、5分も立たないうちにジェシカがゆっくり話しててる
ように聞こえるではないか。そのうちに先っきの婦人が戻ってきた。なんと先っ
きまで何を言ってるのかさっぱりわからなかった婦人のしゃべってる英語がわか
るではないか。
「アートテイタムの演奏はさっき全部終わったわ」
婦人が再び話し始めた。さらに婦人は
「今日はバスタースミスの弟子だって言っていたけれど、カンサスのジェイマクシ
アンのバンドで吹いてるアルトの子がくるのよ。今、私はすごく興味あるわ。
ちょっと前だけどビッグアップルのバスターのギグで飛び入りで吹いたのを聞いた
わ。1コーラス目はバスターそっくりに演奏していたのよ。えーと名前は...」
ジェシカが話しに割り込むように。
「あらその子知ってるわ、チャーリーパーカーじゃない?」
「あ、そうそう。そうね。パーカーだわ」
すごい会話だ。聞いてるだけで私は身震いしてる。するとすぐに強烈な電流
が体に走るのを覚えた。噂をすれば影っていうやつだ。
「いやー、ジェシカ」
ハンサムな若い男が声をかけてきた。
「あらチャーリーじゃない」


第5話パーカーを救え その3 こいつだ!第1話から

「ジェシカ、今噛んでるガム、ミントかい」
「そうよ。」
パ、パーカーだこのハンサムな青年は
「ぼくににもくれないか?」
ジェシカはポケットから出したガムの箱を全部、パーカー
に渡した。やはりこの時代のパーカーはまだかなり
貧乏なんだろう。着てる服もボロボロだ。パーカー
が婦人にも挨拶をした。
「いやーどうも、これはニカ男爵夫人」
おい、ちょっと待ってくれ。この婦人はニカ男爵夫人だったのか?
道理でさっきからジャズにめちゃくちゃ詳しいと思った。
「あら、ここでは初めてね。次ぎのジャムに出るんでしょ。」
「もちろん、来週バトルオーディションがあるので今日は
様子を見に来ました。この店のレギュラーはほしいので」
しかしタイムマシンというのはすごい、パーカーとニカ男爵
夫人の会話を目の前で聞いているのだから。
「この前のあなたはバスタースミスそっくりだったわね」
「あははは、プロフのフレーズはほとんどコピーしたからね、
でも今日は自分のスタイルでやるつもりですよ。」
「それは良いわ、それでこそ本物よ。」
さて、ジャムセッションが始まった。まずは2人ほど演奏した
初めのアルトの男はジョニーホッジスそっくりだ。次ぎに出てき
たテナーはレスターヤングにどことなく似ている。この時代とし
ては順当と言うところだ。さていよいよチャーリーパーカーが
出る。
「ジェシカ、もしかして日本人でパーカーの生のライブを聞く
のぼくが初めて?」
「ふふーん。そうね。2人目よ。」
「え、ぼく以外に日本人のタイムトラベラー居るの?」
「50年代に一人、生を聞いた人がいるそうよ。その時代の人で」
曲が始まった。ハニーサックルローズだ。テーマが終わりアドリブ
に入る。これほど人の演奏を聞くのに集中したことが今までにあった
であろうか。確かにパーカーの音だ。デカイ。というより存在感
が圧倒的だ。しかしフレーズの方は我々がダイアルやサボイの
セッションで聞きなれているパーカーのフレーズとは違う。まだ
スイング時代のフレーズをかなり使っているが合間にパーカーらしい
きフレーズが顔を出す。なるほどこの演奏は現存する古いレコーデ
ィングで聞けるパーカが6割パーカーだとするとこの演奏は4割パ
ーカーという感じだ。(←そばではないが)
「今日の演奏はすごく新鮮だわ、グレート」
ニカ男爵婦人が興奮している。
 さて間髪入れずにパーカーの後、さらに別のアルトプレーヤがステ
ージに上がり演奏を始めた。身長は170センチくらいだがパーカー
よりさらに若いまだ14〜16歳くらいであどけなさが残っている。しかし
問題はこの少年の演奏だ、すでにバップフレーズを吹きまくっているで
はないか。それもパーカーのフレーズ丸だし、いやダイアルやサボイで
聞いたことのあるフレーズまんまだ。それを適当につなぎ合わしている。
しかしアーティキュレーションはどっちかと言えばスティットだ。
すぐにピーンと来た。
「この子怪しいですよ。ハッカーじゃないだろうか」
「そう、やっぱり」
ジェシカも了解した様子だ。そしてセッションが休憩タイムになった。
さっきのハッカーらしいき少年が、店から出るようだ。すぐにジェシカ
がその後を追った。そして私もシェシカの後を追った。すると少年は
チラッと振り向いて我々の顔を見たと思ったら、突然、全速力で走り
出した。その後をジェシカが全速力で追っかけた、すごい速さだ、ま
るでバイオニックジェミーを見ている様だ。30mほど行ったところで
路地があり、そこでジェシカが追いついた。すると少年はサックスの
ケースを放り出し、なにやらそばにあったパイプのようなものを振り
かざした。ところがその直後、ジェシカが飛び上がったと思ったら、
後ろ回し蹴りの一撃で少年のパイプをふっ飛ばした。そして、すかさず
少年の後ろに廻って腕をねじ上げた。この間わずか10秒。まるで
チャーリーズエンジェルを見ている様だ。
「いてーなあ、俺はなにも知らねえよ。何ももってねえよ。ほんとだよ。」
するとジェシカが携帯電話のような小さな機械を自分のポケットから出した。
そしてその少年に向けた。
「あれっ!」
とジェシカが叫んだ。
すると突然、ジェシカは少年の手を離した。そして
「悪かったわね。人違いだったわ」
少年はそのままどっかに消えた。
「どうしたんだよ。間違いない、あいつはハッカーだよ。何で逃がした
んだい。」
私はジェシカに食って掛かる様に言った。
「これ見て、あの子には反応がないのよ。」
「反応?」
「時空移動反応よ。時空を移動した人なら必ず反応するの、いい、
あなとの方にこうやって向けるでしょ」
すると、その機械に付いているインジーケータが光だした。
「これは必ずかい?」
「そうよ、的中率99.999パーセントよ。間違いないわ」
「と言う事はあの少年はハッカーじゃないと言うわけかい?」
「そうね、少なくともこの時代の人よ。」
「だけど、どうして逃げ出したんだ?」
「多分私たちを麻薬捜査官かなんかと思ったんじゃない」
「なるほどね。しかし、あの演奏どう見ても5年先の時代のバップ
だよ。でも、取りあえずまた他のプレーヤの演奏をチェックしなくちゃね。」
 それからアップタウンハウスに戻った。私とジェシカをニカ男爵夫人は
待ちかねて居たように話し始めた。
「ねえ、ダニーリッチの演奏聞いたでしょ。すごいわ、新しい流れね。
チャーリークリスチャンよりずっと進んでいるわ」
すごく興奮しているようだ。
「ダニーリッチって誰ですか?」
「ほら、さっきの少年よ。」
ええっ、さっきの奴か、さすがニカ男爵夫人だ。鋭い先見性がある、
実はさっきのセッションで観客はそれほど受けていなかった。まだこの時代
の聴衆にとっては早過ぎる。で、どっちにしても何も起こらないとタカを
括っていた。
「パーカーさんも良かったでしょ。?」
「えー、悪くはないは、でもまだバスタースミスの影を引きずってる感じが
あるわね。でもダニーの方はもうすべてがオリジナリティーに富んでるわ。」
4割パーカーだからな。ダニーの方は10割パーカーのフレーズだ。まあ
ダニーの演奏はパーカーフリークがオムニブックかなんかコピーしてどうだ
と言わんばかりの演奏だが、まだビーバップが一般的でなかったこの時代
に初めて聞いたら革新的に聞こえるのは当然だ。しかし待てよ
「ねえ、ジェシカ、ちょっと思ったんだけど、例えば、ハッカーがこの時代の
プレーヤに未来のジャズつまり5年先のビバップを教えたとしたらどう言うこと
になるのかな、仮に誰かがパーカーのソロが採譜してある本、例えばオムニ
ブックかなんかを持ち込んで、あのダニーに渡したとする、そこからソロの
アイディアをダニーが演奏すると言うわけだ」
「その可能性はあるわ、もちろん未来の情報を過去の人に教えるのは禁止されて
いるけど」
「じゃ、あの少年をすぐにしょっ引いてよ。」
「それが時間法ではその時代の人を取り締まる事は出来ないのよ。説明する
事すら出来ないでしょ。」
「そうか、なるほどね。」
電話をかけに行っていたニカ男爵夫人が帰って来た。この店のオーナー
にダニーを推薦してきたらしい。
「オーナーのクラークさんは来週のバトルセッションを聞いてパーカーかダニー
か決めると言ってたわ。でも結果は決まってるわよ、あのオーナーなら間違いな
くダニーよ。」

第6話に続く

第1話から


注意:このドラマはすべてフィクションであり登場する人物、団体等はすべて架空のものです。また記録に残っているいるアーティストとその関係者についてのエピソードもすべてフィクションであり、実存した物語ではありません。

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